三川内やきもの語り

三川内やきもの語り

今年は桜が咲いたかと思ったら、風がずいぶんと強かったり、急に寒さが戻ったりと、なんだが外に出たくないようなお天気です。

夕食がすむ頃、ようやく風がやんだような静かな様子なので、すぐ傍の公園の桜を見に行きました。お母さんもあと片付けで濡れた手をふきながら、後ろから追いかけてきました。

「今年も咲いたね。」私が夜空に浮かぶ淡い花を見上げながら言いました。街灯の明かりに照らされて、なんだか凄みさえ感じるような綺麗さです。

前から沙夜の家の車が通って来て、公園から大きくせり出した枝の下を走りぬけていきました。「そういえば、潤君も高校生だね。サッカーばっかりしてたと思ったけど、ちゃんと受かってよかったね」お母さんが顔を桜に向けたままで言いました。

もうまもなく学校が始まります。でも、すぐにGWが来るし、GWと言うと「はまぜん祭り(陶器市)」でまた賑やかになります。お天気が続きますように!そうつぶやきながらお母さんは先に家に戻ろうと小走りで帰っていきました。

バレンタインのチョコを徳さんにあげたら、ホワイトデーだからお返しと言って、ケーキをごちそうしてもらえることになりました。

「ほら、釉子ちゃんもケーキ上手だけど、プロのはやっぱりおいしいよ」と言って、徳さんは沙夜と私にケーキをすすめてくれました。

「わぁ!!これ、こないだオープンしたお店のでしょ?おいしそうー」沙夜は早速ケースを開けながら嬉しそうな声を上げました。

金色の飴細工が乗ったトルテを口に運ぶ沙夜は、お菓子のCMに出ても十分なくらいの美少女です。「沙夜は可愛いから何食べてもオシャレに見えるよね。今日のみたいなケーキだとなおさらだけど」親友とはいえ、やっぱり羨ましいです。

そういえば、徳さんも、若い時は間違いなくイケメンだったに違いないと思うほど、鼻が高くて、目が切れ長で、素敵なおじいさんです。韓流スターが素敵に年取った感じ。

「むかしから、このあたりは美人が多かったんだよ。山向こうには『おみな酒場』と言う丘があって、窯焚きの薪を争って騒動になりそうになったときに、村一番の娘に酒の酌をさせたら、皆争いを忘れて丸く収まったって言う話もあったとさ」

「へえー。きっと沙夜のとこのご先祖様じゃないかな。きっと遺伝だよ、沙夜が可愛いのって」私は初めて聞く話で面白かったので、「ねぇ、徳じいちゃん。面白い話、もっとして」とねだると、「わしはもうロクロをせんといかんからね。またな釉子ちゃん」と徳さんは細工場へと腰を上げながら言いました。

「ケーキおいしかったです。ごちそうさま」徳さんの背中に向かってお礼を言うと、作業着を握った手をちょっとあげて笑ってくれました。

今日はバレンタインのチョコを作りに、親友の沙夜の家に行きました。といっても、小道をはさんだお隣なのですが。

この家の裏手には、沙夜のおじいさんの徳さんの細工場(ロクロでやきものの生地を作る作業場)があります。私はここの細工場が好きで、よく窓から覗きこみます。

徳さんがロクロをまわして、土の塊から器が生まれていく(そんな風に思えるのです)のが見えたり、大きな水槽の中の金魚たちを見たり。そう、この季節には、楽しみなのが、徳さんが丹精込めて世話しているシクラメンです。毎年大振りの花が咲くのは、愛情がたっぷり注がれているからです。

今日は細工場には誰もいなくて、静かな小屋の中には、鮮やかなシクラメンが幾鉢も並んでいるだけでした。

「釉子?来てるの?早くはじめようよ!」沙夜の声が背中ごしに聞こえてきます。

沙耶はお菓子作りが好きで、よく2人で一緒に作ります。今日はクランチとナッツのチョコと、粉砂糖を振ったトリュフを作りました。

「やあ、いい香りだねぇ」ドアを開けて、徳さんと沙夜のお兄さんの潤が入ってきました。おじいさんに挨拶をしようとする私の手元からシュッとクランチチョコを取り上げると、あっという間に口に放り込んで「受験生は脳に糖分が必要なのさっ」と言いながら、潤はドアから2階への階段までダッシュしていってしまいました。

元旦の朝、何気なくテレビをつけると雅楽の様子が映っていました。
曲目は「承和楽」。
和製の曲ということですが、なんだかこの装束に見覚えが・・・
「あれ?ブータン国王の衣装に似てる?」
片方の肩に着物を重ねたデザインとか、ブーツみたいな靴の形などが、なんとなく似ていると感じました。
純粋に日本の舞衣装なのに、他の国のそれよりもずっと近い気がします。

ちなみに、ブータンの国旗って、龍が描かれているんですね。
今年は辰年。龍の年です。
龍が天に飛翔するように豪快なのもいいですが、何よりも今年は穏やかで平和な年になります様に・・・

 

「三川内やきもの語り」は
三川内皿山生まれの少女 釉子が語る
やきもの小説です

 

 

                       

今日はクリスマスケーキを作りました。
お菓子作りは久しぶりです。
今年は、ココア生地にラフランスとチョコレートをトッピングです。

そういえば、小学生の時、「将来の夢」をきかれて、私は「パティシエールになって自分で作ったお皿にケーキをのせる」と答えてました。
だからといって、今はたまにしかケーキ作りませんが。

今年はなんだか大変な事ばかりが起こったような気がします。
去年、いえ去年までケーキを作ったときはこうではなかったような。
将来の夢を見ることができる。希望を持つことができる。そんな気持ちを持ち続けることができますように。

「三川内やきもの語り」は
三川内皿山生まれの少女 釉子が語る
やきもの小説です

 

「ねぇ、お父さん。ハリー・ポッターのご先祖様は陶芸家だったよ!」
ちょっと興奮した私は、ひとしきりお父さんにしゃべりました。

「ねっ?魔法使いのつくるやきものってどんなのかな」
ちょっと考えて、お父さんは答えました。
「魔法じゃないけど、ヨーロッパで最初に磁器を造ったのは錬金術師と言われているよ。」
「錬金術師?ニコラス・フラメルだっ!」
フラメルはハリー・ポッターにも出てくる錬金術師です。
「マイセンでベットガーという人が最初に磁器をつくたんだ。錬金術師だったとされている」
お父さんは、ちょっと声を落として話しました。
「アウグスト一世の命令をとげて、ベットガーは37歳で死んだんだよ。」
「37歳?若すぎっ!フラメルは賢者の石で不死の力を持っていたのに」
驚いたのと、少しゾッとして、私まで声が低くなりました。
「皇帝の命令は命がけだったのさ。中国では辰砂(紅い釉の磁器)を焼くために、窯に身を投げて自殺したんだよ。」
「そうなんだ・・・日本ではそんなことなくてよかったの?」
「そうだね。でも三川内でも、献上品を焼く御用窯の窯焚きは、長生きできなかった。」
「え?どうして?過酷だったから?」
「いや。待遇はよかったんだよ。重要な役割だから賃金も高くて、窯焚きのときは酒に肴までふるまわれたんだよ」
「じゃあ、プレッシャーとかストレスで?」
「そうだろうね。不窯(ふがま・焼き上がりが悪いこと)だったら窯焚きの責任だからね。それまでの製作がすべて台無しだ」

命がけのやきものなんだ。魔法をかけるなんて簡単なものじゃない。
ううん。魔法も命がけなんだ。命がけだから魔法なんだ。
私はそう思いました。

「三川内やきもの語り」は
三川内皿山生まれの少女 釉子が語る
やきもの小説です

 

街のお店のウィンドウにはハローウィーンの飾りであふれています。
オバケとかカボチャとか、コウモリ、そして魔法使い。

魔法使いといえば、私はハリーポッターシリーズが大好きです。
11月のDVD発売も楽しみ!

ところで、この間、英語の辞書を調べていて、「POTTER」を引いてみると、
「陶工・陶芸家(POTを造る人)」という意味だったのですね。
なんだか凄く嬉しくなってしまいました!
ハリーのお父さんは純血(の魔法使い)だったので、ご先祖様に魔法使いの陶芸家がいたことになります。
魔法で陶磁器を作っていたのでしょうか?どんな作品だったのかしら?

「三川内やきもの語り」は
三川内皿山生まれの少女 釉子が語る
やきもの小説です

三川内の秋の陶器市は、毎年10月の連休に国道沿いの伝統産業会館
駐車場で開催されます。各窯元や商社がテントを並べ、通りには幟旗が
あがって賑やかです。

今年で56回目になるそうで、初めは三川内山の児童公園で始まったのが
より規模を大きくしていったのだそうです。
春の「はまぜん祭り」とは、また違った雰囲気で、テントの軒先をめぐる
お客様は「会場内にテントが集まっているから、窯元さんをまわりやすくて
いいわ」とも言われます。
いいお天気で、たくさんのお客様が来てくださるといいな!

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三川内皿山生まれの少女 釉子が語る
やきもの小説です

お盆が来ると、毎年おばあちゃんのことを思い出します。
おばあちゃんは、同じ三川内山の生まれで、うちのおじいちゃんに嫁いで来ました。
おばあちゃんの実家は、代々捻り物(人物や動物を手びねりで造ったやきもの)を造ってきた家系だそうで、それをよく話してくれました。
でも、今ではやきもの造りを受け継いでいないので、おばあちゃんのお父さんが使っていたヘラを、孫にあたる私のお父さんに譲ったのだそうです。お父さんはそれを大事にしています。

入院のお見舞いに行ったとき、おばあちゃんは「夏に生まれた女は強かとよ。だから大丈夫よ」と私に言ってくれました。獅子座らしい、明るいおばあちゃんでした。

長崎の精霊流しと同様、三川内でも初盆の家では賑やかに花火をあげて初盆さんを送ります。
爆竹や打ち上げ花火の音が響く中、「おばあちゃん、また来年ね」と心の中で見送りました。

「三川内やきもの語り」は
三川内皿山生まれの少女 釉子が語る
やきもの小説です

今日はとても緊張した一日でした。
地区の子ども会の行事で夏のお茶会があり、お運びのお手伝いをしたのです。
お茶会といっても、お客様は町内の大人の皆さんで、お茶をたてるのは高校生のお姉さんたちです。
公園の藤棚の下に立礼の席が設けられて、子供はみんな浴衣姿です。
久しぶりに浴衣を着て下駄を履いたので、なんだか嬉しい気もする一方で、足の指が痛くてなりません。

暑い日ざしも今日は和らいで感じられて、お手前をするお姉さんたちはいつもより綺麗に大人びて見えます。

 

お茶会も無事に済み、うちで浴衣を脱ぐと、スーッと気が抜けて楽になりました。
そのうちにお母さんがお茶の先生と一緒に家に帰ってきました。
先生は細身の方で、銀色にみえる髪を短くされていて、お年の割りわりに背筋もしゃんとされて、とても素敵な方です。
一重の着物は髪の色より淡いグレーで、帯に芙蓉の花が描かれています。

「釉子ちゃん、今日はお疲れ様」
「先生もお疲れ様でした」
「次は釉子ちゃんもお手前をしてもらいましょうね」
困った顔をしていると、お母さんが「釉子はそうとう練習しないと、あがり症だから大変だわ」と言いました。
「勉強もしないといけないし、遊びもしたいし、クラブはあるし、忙しいですよ。夏休みは宿題がありますし。」と答えると、
「三川内は自由研究の材料はいっぱいあるからいいじゃない。焼き物のことや歴史の事や。私は高麗婆の物語が好きよ」と先生がおっしゃいました。
「あの時代に、陶芸にすぐれて名前が残るなんて、すごいキャリアの持ち主じゃない」
先生がおっしゃると、三川内の昔話もなんだか颯爽としたストーリーのようにきこえてきます。
「三川内焼の女性ファンとしては、高麗婆の物語はとっても魅力的だけど?」
「あ。それいいですね。今度の夏休みの自由研究は、高麗婆のことを調べようかな」と私も言いました。

高麗婆は、三川内焼の創始者の一人とされ、女性でありながら陶技に優れていたと伝わっています。
高麗婆が造ったとされる抹茶碗のことも文書に出てくるとお父さんに聞いた事があります。
ぼんやりと高麗婆の事を考えながらも、次第に頭の中は夏休みのことでいっぱいになっていくのでした。

 

 

「三川内やきもの語り」は
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やきもの小説です

 

 

 

 

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